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小野洋司 焼き鳥と乾電池2
自分はそれを聞くと、家に戻り、ストックしていた単一電池2個をもって焼き鳥屋へ行きました。 そして店主に 「もしかしたら放電しているかもしれませんが、よかったら使ってください」 すると店主が 「ありがとう。焼き鳥の代金はいらないから、自分のお遣いにしな。」 その後スーパーの建て替えがあって、その店主とは会っていません。 どんな病人でも普通の人から言われる、本当に感謝を込められた「ありがとう」という言葉は、薬より効くことがあるのかもしれない。 おわり
7月27日
小野洋司「乾電池と焼き鳥1」
この話は東日本大震災が起きてから2.3日たった時の話です。 その頃、自分は統合失調症の真っ只中にいました。 それでも自分は家族や自分と同じ様な病気の人達以外としゃべりたくて、差し入れをもって時々、親からお金をもらって近くのスーパーの前に店を出している焼き鳥屋さんに行っていました。 その店主も、自分が精神病とうすうすわかっていたようでした。 それでも、いつも何気ない話や楽しい話をしてくれて、その時だけでも病気のことを忘れさせてくれていました。 その日も親から500円をもらい、焼き鳥屋に行き、五百円分の焼き鳥を頼みました。 震災の話をしているうちに、店主が、 「また今日も冷たい水で洗い物をしなきゃいけないんだぁ」 と言いました。 理由を聞くと、洗い物をするときに使う湯沸かし器の点火用電池が切れており、電池を買おうにも、町中のスーパーでは売り切れているし、買いに行く時間もなく手に入れることができないとのことでした。 自分は 「電池のサイズと個数は?」 店主は 「単一電池で二個」 と言いました。 続く
7月20日
小野洋司 コンビニ物語②
これは自分が広島の精神病院を退院して、広島の街中で一人暮らしをしている、少し軽躁状態の時のお話です。 自分は小さい時からプロ野球の広島カープのファンで、カープが勝った翌日のデイリースポーツを買いたいと思っていました。 確か東京のデイリースポーツは一面が阪神タイガースですが、広島ではカープが一面でした。 そしてカープが勝った翌日、デイリースポーツを買いにコンビニまで行くのですが、いつも売り切れでした。 それである時、コンビニのお兄さんに、 「カープが勝った翌日、デイリースポーツがコンビニに届いたら、電話番号を教えるので、電話にワンコールしてくれるかな?」 するとお兄さんは 「いいですよ」 と笑顔で言ってくれました。 その後カープが勝った翌日の4時か4時半位に必ず電話にコンビニからワンコールが来るようになりました。 自分はコンビニからワンコールが来ると自転車で坂道を上がりコンビニまでデイリースポーツを買いに行きました。 コンビニのお兄さん、ご迷惑をおかけしました。 そして ありがとうございました。 反省
7月13日
小野洋司「コンビニ物語1-2」
ある時、面白いことを思いつき(これが自分の病状の一つなのですが・・・) 女性に 「今度自分がAセットって言ったら、焼き鳥のカシラを出してくれる?」 すると女性が 「いいですよ」 と微笑みながら言ってくれました。 それからというもの会計の時に会うと 「Aセット」 というと女性も楽しそうに用意してくれました。 ある時は、 「Aセット」 というと、隣のレジに並んでいる人が不思議そうに見ていました。 しばらくして、自分が外でタバコを吸っていると、その女性店員が何気なく寄ってきて 「私、タバコ吸うのやめたんですよ。」 と自分に言ってきました。 その後女性と自分も行ったことのある、神戸や大阪の話で盛り上がりました。 (内容はあまりよく覚えていません・・・) 自分が楽しくて嬉しかったのは、女性と普通の会話ができて、お互い笑いあえた事でした。 病人同士の会話は、あまり変化がなく、物足りなかったりしましたが、健常者と話すと、頭の中にある暗雲に一筋の光が差したような感じでした。 本当に女性とコンビニにご迷惑をおかけしました。 反省
6月29日
小野洋司「コンビニ物語1」
これは自分の住んでいた近くのコンビニの話です。 この頃自分は精神病がある程度落ち着いていて、二級ヘルパーの過程を修了していて、病気に理解のある介護ホームの夜勤の仕事をしていました。 いつもどおり夜勤が終わり、家への帰る途中にあるコンビニにタバコと焼き鳥とビールを買いに寄っていました。 すると見慣れない二十二、三歳くらいの女性スタッフがいました。 会計の時に、少しやり取りすると、どうも大阪弁みたいだったので、 「出身地は大阪ですか?」 と聞くと 「兵庫です」 と女性は答えました。 後日朝に又その女性にビールをもって会計するときに、わざと 「大阪ですか?」 と笑いながら聞くと 「兵庫と言うとるじゃろ!!」 と言われていしまいました。 それでも、いつものようにタバコを頼むと女性は微笑みながら、タバコをとってくれました。 それから女性と自分のシフトが合えば、タバコと焼き鳥(カシラ)とビールを買っていました。 ……続く……
6月22日
小野洋司「苦痛からの脱出9」
死にたいと思っているうつ状態の人でも、精神科に通うのは心のどかかで 「生きたい」と思っているからだと思います。 自殺未遂で自分が何度か入院を繰り返していても、スタッフがいつもと変わりない優しい接し方をしていただき、自分の気持ちが楽になっていくのがわかりました。 自分ではこれが「心の休息」だと思いました。 そして、自分の調子が落ち着き、退院日が近づくと自然に先生及び看護師さん7,助手さん、食堂の人たちからの思いやりに感謝するようになりました。 思いやりにより、感謝したり、されたりするとお互いにいい気持になると思います。 すると今度は自分の場合、病院関係の人たちだけでなく、一般の人たちにも自然に思いやりや感謝をしてみようと思い始めました。 次の話は自分が入退院を繰り返している時の実話です。 続く……
6月15日
小野洋司「苦痛からの脱出8」
姉からは、自分のことを 「うちの子は一生入院させてください」 と病院側に言っていたそうです。 それを聞いて、自分も 「一生病院で仲間たちと楽しく暮らしてもいいかなぁ」 と思っていました。 するとある時、先生が自分に 「グループホームに入居してみない?」 と言われました。 家族の了解なしにグループホームに入居来るのは珍しかったようです。 自分はすぐに入居することにしました。 後で聞いたのですが、この提案は先生及び、看護師さん、助手さん達の意見だったようです。 なおかつ、自分が精神的にダメになった時すぐに入院できるように三か月間自分のためにベットを空けておいてくださったようです。 普通の病気では、医師や看護師といろいろな人と患者が、 生きることを目的として治療を受けるのですが、精神科の場合、 自分もそうでしたが、患者さんは「死にたい」と思っているのを、 「生きる」と思えるように治療していく、 とてもむずかしい仕事だと思います。 ………続く………
6月8日
小野洋司 「苦痛からの脱出7」
※ご本人の意向により、ご本人の文章をそのまま掲載しております。 ※センシティブな内容を含みます。閲覧にはご注意ください。 自分も精神病歴30年位経っていて、その間に8.9人位主治医が変わっています。 広島で出会った先生は、神奈川県の鎌倉の精神病院に勤務されており、 軽躁状態で入院していた自分をわずか2週間しかたっていないのに、 近くのお寺の座禅に連れて行ってくれました。 逃げ出そうと思えば逃げられましたが、 先生が自分を信用してくれていると思い、逃げ出しませんでした。 この先生は今までの先生と違って、 診察するたびに退院後の事をアドバイスしてくれました。 その頃、自分は外泊(実家)許可が出ても、父との相性が悪く、 何度となく体調を崩しては病院に入院していました。 この頃、自宅で自殺未遂を何度かしていました。 それでも病院に戻ると、気持ちが落ち着き、 安心して治療を受けることができるようになりました。 ・・・・・・・・続く・・・・・・・・・・
6月1日


大石純子「散歩日記」
散歩で見つけた 大石様お散歩シリーズ 芋虫??とっても愛嬌があって可愛いですね! 上町で見つけたパンジーも色使いがとてもきれいです♪ 沢山咲いていてとてもきれいだったそうですよ。 12色しかない色鉛筆で頑張って書いてくださっています。 もっとたくさんの色鉛筆を購入しなきゃ!と思うスタッフでした。。
5月25日
小野洋司 苦痛の日々からの脱出6
まずは、北海道の札幌でジンギスカンを食べ、 東京に戻った時、 (広島の小野家の墓参りに行こう) と思っていたら、広島のいとこから連絡があり、 広島の精神病院に入院することになりました。 広島には、一人暮らしをふうめても6年位いました。 入院中のある時、新しい先生と出会いました。 自分は、(この先生に診てもらいたいなぁ~) と思いました。 でもこの先生は他の関東の病院に移られると聞き、 自分は広島の病院を離院して、その先生を追いかけようと思いました。 ここで自分が思ったのは、 「主治医を変えることに臆病にならないように」 ………つづく………
5月25日


大石純子 「絵日記」
パンジーと虫 大石純子「絵日記」 シリーズも増えてまいりましたね! 今回は、虫!! 純子さんの生き物の絵はイラスト的でお茶目は雰囲気♪ きっとこのあおむしも食いしん坊に違いない!と思わせてくれます。 パンジーの絵もとってもきれいですね(⌒∇⌒) パンジーは色とりどりでぱっと華やぐお花ですね。 色使いもとてもきれいです。 純子さんのこだわりの一枚、またお待ちしています😃
5月20日
小野洋司 苦痛の日々からの脱出5
自分は小学生2.3年生の頃から毎年、 埼玉の実家から、父の実家である広島まで夏休みになると一人で電車に乗って、 一か月位広島で過ごしていました。 「三つ子の魂百まで」といいますが、 一人旅の良さは小さなころから覚えていると、 恋愛感情抜きにして「男はつらいよ」の旅をする寅さんに憧れるようになりました。 話を元に戻します、、 予定では先生から、「一か月以内に入院してもらいます」と言われ、 入院までまだ半月あるので、計画を立てて、 北は北海道から、 南は沖縄まで旅行しようと思いました。 ・・・・続く・・・・
5月18日
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